征士が困ったような顔をしてキッチンにいる僕の前に現れた。 手にはクール宅急便。モノは肉。 「実家から牛タンを送ってきたのだ…」 それは血と血で争うような光景が目の前で繰り広げそうだ。 僕はすばやくカレンダーを見た。そこには皆のスケジュールが書かれている。 「…いいかい、征士。この日、当麻と秀はいない」 小さく征士も頷く。 「確か二人で食べ放題の店に行くと言っていた」 「そう。Xデーは…」 キュキュッと爪で数字に丸をつけた。 「この日だ!」 「だーッ、秀! それは俺の肉だ!」 「るせーッ! テメーこそ牛タンばっか食いやがって!」 「これはナスティがくれたんだ。文句があるならナスティに言え!」 「ズリーよ、ナスティ!」 「秀にもあげるから、機嫌なおして、ね?」 秘密は守られてこそ意味がある。 どこから漏れたかというと問い詰めるまでもなく、案の定、遼からだった。 理由は簡単。仲間はずれは当麻がかわいそうだから。 問題なのは「二人が」じゃなく「当麻が」かわいそうだから。 かなり問題発言である。 秀がまた落ち込むといけないから言わないけど。 僕的にはそれを聞いたときかなり凹んだぞ。…顔には出さなかったけど。 「今度送ってもらうときはもっと量を増やしてもらわねば…」 ピクリとこめかみの血管が脈打つのが自分でもわかった。 「征士、甘やかさない」 僕らは成長期だ。そんな僕らにとって「肉」は魅惑的食材だ。 なんせただでさえ食べ盛り。食費がべらぼうにかかる。 そこへ大食漢が二人もそろっているのである。 牛肉なんてめったにありつけるわけがなく、ましてや牛タンなんて。 そんな上等な脂肪分を摂ろうとやっきになるのは当たり前じゃないか。 それを遼の…遼の悪口なんて言いたくないけど実際には言わないけど…遼の 腐れきった神経回路のおかげで貴重な牛タンが…! 「お? 伸、いらんの? 牛」 ごはんのおかわりをよそうため僕の後ろを通った当麻が、肩越しに手を出す。 僕は怒りに任せてグサリと箸で突き刺した。 「…ッてー!!!」 どこかでカエルがひしゃげたようだ。 「大丈夫かッ?!」 「ざまーみろ。ヒヒヒ」 「自業自得だ」 「消毒しましょうか?」 どこぞのだんごむしに向かって四人四様の声がかかる。 だんごむしは涙目になって僕を見上げてた。 いつものムカつく生意気な視線ではない。 どこか不思議そうな目で僕を見ている。 「伸…もしかして牛タン、初めてなのか?」 そのときの気持ちを何と言って表現したらいいんだろう。 あえて言うならプッチンプリンをお皿にボヨンと落としてプルプルと震えて いるプリンの気持ち…って自分でもワケわかんないじゃん! 要するに図星をさされてムカついたってこと。 ああ、そうだよ。僕は生まれて初めての牛タンをたっぷり堪能したかった。 それをどこぞの盲愛馬鹿が満腹中枢のイカれた阿呆に告げたもんだからね。 僕は本当に楽しみにしてたんだ、牛タンってヤツをさ! なんてこと、プライドの高いこの僕が言えるわけがなかった。 「ヒトのものに手を出すなんて、行儀が悪いよ。当麻」 「お…俺が悪かった」 僕としては普通に言ったつもりなのに、当麻のヤツ叱られた子犬みたいに、 シュンと項垂れた。 「当麻、そんなにしょげるなよ。牛タンが欲しかったら俺のをやるからさ!」 「伸に怒られるから、いいって。遼」 なんじゃそりゃー! そこで何で僕のせいにするんだッ。 そしてそこの馬鹿! 何でそんな恨めしげな目で僕を見るんだ! 「チッ。当麻のヤツ、メシ作ってくれる伸にとことんなついているからな」 これ見よがしに舌打ちするな、盲愛馬鹿! 「また実家に送ってもらうから」 ポンと征士が肩を叩く。だからそんな同情のこもった目で見るなって! 「俺も叉焼とか肉饅とかよ、送ってもらうぜ。それとも燕の巣がいいか?」 どいつもこいつもムカつくなッ。 そして最悪ムカついたのは。 後日こっそりナスティが牛タン専門店に連れてってくれたこと。 ま、悪いけど征士が送ってもらったヤツよりよっぽどおいしかったけどね。 僕もまだまだコドモなんだよなぁ。反省反省。 「伸…」 そんな遠い記憶に想いを馳せている僕に征士が声を掛けてきた。 「なに?」 「実家からまた牛タンを送ってもらったんだが…」 僕はすばやくカレンダーに目を向けた。 |
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