ここは「飛騨の小京都」で有名な高山市。お空は快晴。
 小田原から名古屋まで新幹線に乗り、そこから特急「ワイドビューひだ」に
乗り換えると目的地「高山駅」に到着する。 「駅前の商店街の福引が当たった?」 「うん、飛騨高山一泊二日・一組二名様」 「・・・一組二名?」 「と言う事は、福引で当てた遼と、もう一人って事よね?」  12月も年末と言う呼称に相応しいクリスマスの翌日。まだどことなく、そ
の余韻を残したままの柳生邸での夕刻。買出しに出掛けていた遼・征士・秀の
三人が、それぞれに大荷物を抱えて駆け込んで来たのが五分前。  そして、後片付けをしていたナスティ・純・当麻・伸の四人に、三人が大喜
びで報告をしたその五分後の現在。遼を除いた六人の間には、張り詰めた空気
が漂っていた。 「遼。俺ならいつでもスケジュール空いてるぞ。両親は健在だが、どうせ今年
も好き勝手にやってるからな」 「ちょっと当麻っ、そういうのはズルイんじゃない?!遼、僕も今年は大学受
験で山口には戻らないんだ。一泊二日なら、いい骨休めになるかなぁ?」 「おい、こら、伸!だーれがズルイって?!遼、遼っ!!俺も別に横浜なら近
いし、帰ろうと思えば何時でも帰れるからよ。都合ならバッチリだぜ!」 「秀!可愛い弟妹が待っていると言っていなかったか?遼、私も今年はこちら
でゆっくりする所存なのでな。供をいたそう」 「あなた達!そういう事はレディに譲ろう、年上に譲ろうって紳士な気持ちは
無いの?!」 「お兄ちゃん達も、お姉ちゃんもズルイッ!僕だって行きたいっ!」  当の遼そっちのけで六人の攻防戦が始まってしまい、遼は仲裁にも入れず、
事態が収まるのを仕方なしに待った。  待つ事一時間。 「そうね、私も折角取れたフランス便をキャンセルするのも、ね。今回はあな
た達に譲るとするわ。あ、お土産お願いね!さるぼぼの服を着ているキティちゃ
んでいいから」 「あ〜あ、僕も行きたかったなぁ〜。でもおばあちゃん家に行って、お年玉貰っ て、おせち食べて・・・あ、僕にもお土産買って来てね!」  結局、五人で残りの三人分の旅費を負担して行くことになったのだった。 「小田原も結構寒いけど、こっちの寒さは違うよなー、やっぱり」 「征士は平気なんじゃないの?変わらないだろ、仙台と」 「心持ち、こちらの方が暖かく感じる気がするな」  電車の車内温度に慣れてしまった体に、降り立った高山の空気は刺すように
冷たく感じた。 が、慣れてくると冷気が気持ちいい。 「まずは宿に行って荷物を置いてくるか?」 「でもたいした荷物じゃないし、このまま観光しちゃおうよ。冬は日が落ちる
のが早いんだからさ」 「それもそうだな。じゃあ・・・当麻と遼はここで待ってろよ。俺たち観光案
内でパンフ貰ってくるから」  荷物と言っても一泊分の着替えくらいのもので、女性に比べたら無いに等し
い。 「じゃ、あそこの案内板のところにいるから」 そう言うと、当麻は遼を連れて、案内板の前に立った。 「えーっと、有名な赤橋はこの道を行って・・朝市はこの辺かな?屋台会館が
こっち、と」 「当麻、どこ行きたいんだ?」 地図を眺める当麻の横に立って、同じく案内板を眺めながら遼が尋ねた。 「俺?やっぱり高山名物中華そばに飛騨牛の串焼きは欠かせないだろ。あと、
みたらし団子も食べたいなー」 「あはは!何だよ、食べ物ばっかりじゃん。観光で行きたい所を聞いたんだけ
ど」 苦笑しつつも、当麻らしい答えに笑いが零れる。 「観光なら、明日『まつりの森』に行きたい!高山祭の屋台が見られるんだ」 「明日?今日じゃなくて?」 「今日はこの近辺を散策で充分だろ。明日は朝市に行って、それからじっくり
見物したいんだ。モチロン温泉も入るぜー!」 「分かった、分かった」 なんて事を話している二人に、人の近づく気配がしたので振り向くと、そこに
は可愛らしい女性の二人連れが立っていた。 「あ、案内板見えますか?すみません」 遼が当麻の手を引いて、少し端に寄った。が、彼女たちは案内板ではなく、当
麻たちに向き直って声を掛けてきた。 「あの〜・・・私たち、屋台会館に行きたいんですけど。あの、道分かります
か?」 普段着にデイパック一つの軽装に、どうやら地元の人と思われたようだった。 「屋台会館なら・・・。説明するの面倒だから案内しましょうか?」 「は?当麻っ?!伸たち、来てないぞ?!」 「平気、平気。そんなに遠くないからさ。十分や二十分くらい大人しく待って
るって。あ、こっちですよ」 「当麻っ!!」 「遼、置いてくぞー」 すたすたと歩き始める当麻と、観光案内所へ行った三人の方を交互に見遣り、
仕方なく遼は当麻の後を追い掛けた。 「もうっ!秀がグルメ案内まで聞き始めるから、思ったより時間が掛かっちゃっ たじゃない!当麻たち、凍えてるよ、きっと!」 「でも当麻だって絶対聞いたと思うぜ?あいつも食にはウルサイもん」 「過ぎた事はとやかく言ってみても仕方がない。熱い缶コーヒーでも買って、
早く行こうではないか」 「そうだね。缶コーヒーは秀の奢りね」 「はいはいはいはい。コーヒーでも何でも奢りましょ」 「はい、は一回!」 「はーいっ!」  そうして五本の熱い缶コーヒーを持った三人の前には、人っ子一人いない案
内板。 「え?じゃ、社会人なんだ。社内旅行で迷子になったの?」 「そうなの。途中のお店で夢中になってたら、気が付いたら誰もいなくて。 そしたら携帯に、屋台会館まで歩いて来い!って」 「はははっ!そりゃ迷子になってる方も悪いな」 「えーっ!そうかなあっ?!置いてく方もどうかと思うんだけどっ」 「んー。どっちもどっちだな」  どうやら旅行中に置いてきぼりを食らって迷子になっていたらしい二人を、
観光がてら送り届ける道中で、四人は他愛も無い会話をしながら目的地へと歩
いていた。 「屋台会館って、あとどれくらい?まだ時間かかるの?」 「もう目の前だよ。ほらあそこに見える鳥居をくぐったらすぐソコ」 「えっ?・・・あっ、居たッ!!あっ、手振ってるうっ!!あの、どうもありがと
うっ。さようならっ!!」 「もう迷子になるなよ〜」 当麻の声を背に受けて、二人してペコリとお辞儀をすると、待っている会社の
人達の元へと走っていく彼女たちを見送って、二人も元来た道を歩き出した。 「そういえば、そこに塩せんべいを自分で焼かせてくれる店、あったよな。な、 行ってみないか?」 先程から漂っている香ばしい匂いに釣られて、思わず遼も当麻の視線の向く方
へ体を向けて見る。更に強くなった匂いに、遼の好奇心も擽られる。 「行こうぜ、遼!」 「う、うん!」  その頃、案内板の前では伸たちが携帯を持って来なかった事を後悔していた。 せっかくの 旅行に邪魔されたくないから!との当麻の意見を飲んで、五人仲良く柳生邸に
置いてきたのだった。 「あーっ!こんな事になるんだったら持ってくるんだったっ!!」 「今更言っても始まらんだろう。今しばらく待つとしよう」 「・・・俺、今度は熱いお茶買ってくるけど・・・お前らも飲む?」 「「頼む」」 「・・・お前らは移動してくれるなよな」 「しないから早く買って来てよ。寒いんだから」  寒そうに背中を丸めて買いに行く秀を見送り、征士と伸は深い溜息をつく。 「最悪、迷子の呼び出し放送でもかけて貰おうか」 「迷子の自覚がある奴ならば聞くであろうがな」 「「全く、手の掛かる・・・」」 「うわーっ!膨らみ過ぎたっ!!」 「おおっ!いい色、形、焼き具合っ!!さっすが俺っ!!」 お店に入って、既に三十分。二人の横には形のいびつなセンベイの山がそれぞ
れ一山ずつ、そして背後には、それを面白そうに見守るお店のおじさんが腕組
をして様子を眺めていた。 「兄ちゃんたち、いい加減止めないと帰りにセンベイを抱えて帰ることになる
ぜ?」  何度も失敗をして、与えられた枚数を完璧に焼くのだ!と張り切ってしまい、 その失敗作の山には二人とも気付いてはいなかった。と言うより見ないように
していたのかも知れない。 言われて、改めてその山を見る。そして何となく見た、壁に掛かった時計。当
麻の背中に冷たいモノが流れ落ちる。 「りょ、遼っ!マズイ、ものすごく時間が経ってる!」 「へ?何?時間??・・・あっ!忘れてたっ!!」 大慌てで、失敗作のセンベイを大きな袋に詰めてもらい、店主に挨拶をして猛
ダッシュで二人は、迷子になっていた二人を送り届けた道を駆け戻っていた。 「あいつら、怒ってるよなー。やっぱ」 「だろうなー。俺、伸が一番コワイ」 「結構征士も怒らせると怖いぞ?」 「何はともあれ、走れーっ!!」 「あ、おバカが二人走ってくるよ、征士」 「漸く自分たちの状況に気が付いたようだな」 「俺、あいつらに、あったかぁ〜〜〜〜〜っいモン、奢ってもらおうっと」 「秀に賛成〜」 「同意見だ」 風のあまり当たらない場所で蹲る三人の姿を見て、一瞬二人は走って荒くなっ
た呼吸を整える事を忘れた。が、どう考えたって、誰が見たって、悪いのは自
分達なワケで。  おずおずと三人の前に立ち、額から流れる汗を拭きもせず、お互いの顔を見
て覚悟を決めると、 「「ごめんなさいっ!!!」」 と、その場に土下座をして謝った。さすがに三人も公衆の前での二人の行動に
ぎょっとする。 「ちょ、当麻っ!遼っ!分かったからっ、土下座は止めてよ!」 伸と征士が二人を立たせ、秀が周りにいた人に「なんでもありませーん、お騒
がせしましたー!」などと触れ回る。そしてそのまま、その場を逃げるように
五人は走り去って行った。 「び、びっくりしたっ!当麻たち、いきなりあんな事するんだもん!」 「だって、俺たち、すっかりお前らの事忘れてて。センベイ焼くのに夢中になっ ててっ」 遼が紅潮した顔で、握り締めたセンベイの山の袋を掲げて見せた。 「せんべい???何、自分で焼けるの?」 「うん!すっごく面白いんだよ!なかなか上手く焼けなくてさ。そうだっ、お
前らもやってみろよ。うん、それがいいっ!!」 興奮して捲くし立てる遼に、秀が小さく手を挙げる。 「遼〜、それはもうちょっと後に行くとして、まず先に何か食いに行かねぇ?」 「体が随分と冷えたのでな。中華そばはどうだろう?」 「賛成ッ!俺、さっき美味い店聞いたんだ!!そこ行こうぜっ!!あ、ココは
当麻と遼の奢りなっ!!」 「それじゃあ、ラーメン食べて体を温めてから、センベイを焼きに行きますかっ ?!」  伸の一声に秀が大きく頷いて、先導を切り歩き始めると、征士がそれに倣っ
て歩き出す。 「ほ〜ら、出資元が来なくちゃダメじゃない。当麻。遼。行こう」 伸が二人の背後に回って、それぞれの背中を押す。それに安心して、漸く二人
も歩き始めた。 「それで。山のようなセンベイがあるわけね。で、さるぼぼは?さるぼぼの服
を着たキティちゃんは?」 「わっ、忘れましたっ!!」 「お兄ちゃん達、ひどいよ。別に飛騨牛を期待していたわけじゃないけどさ。
僕にだって、さるぼぼの一個くらいあってもいいんじゃないさー」 「ごっ、ごめんなさいっ!!」  高山の美味しい食べ物を存分に食べ、味わい、センベイを納得のいくまで焼
きあげ、翌日の朝市で買ったものは『花餅』以外食べてしまっていた五人は、
ナスティと純のお土産の事など、すっかり忘れきっていた。 「自分達ばっかり温泉に入って、美味しいもの食べて・・・。もうっ!フラン
スのお土産、あげないからっ!!」 「僕もっ!おばあちゃんに貰った美味しいおせち、持ってきたけどお姉ちゃん
と二人で食べちゃうからっ!!」 「すみませんでしたーっ!!!!!」  その後ナスティと純のお許しを頂き、五人は美味しいおせちとフランスから
空輸の絶品チョコレートを堪能することができた。ただし、今度は五人で二人
の旅費を出資する事を約束させられたのだった。 「じゅ〜ん、どこに行きましょうか?ヨーロッパ以外なら何処に行きたい?」 「僕、暖かい所がいいな〜」 「じゃあ、ハワイなんていいかもねーっ!タダだしっ!!」  部屋の隅では、男五人、雁首揃えてヒソヒソと相談をしているのを横目に、
ちょっとイジワルしてみるナスティと純に、 「あんなに『小悪魔』って言葉が似合う奴らもいねーよな」 などと大きく頷きあう五人だった。
 
 
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