桜、れんぎょう、ハクモクレン、菫、やまぶき、ユキヤナギ……。
庭先が一斉にさんざめく季節。
心には、ずっと霞がかかっていたけれど、でも、ようやくそれが春霞のように
陽に散らされて晴れそうな気が、した。
何年ぶりになるのだろう、久々にここへ帰ってきた。
ずっと留守にしていた邸もよく管理されていて、すぐ部屋に入れて、生活を
始められたのは嬉しかった。
管理人さんには週に何度か来てもらうだけにして、暫くは1人で静かに過ごす
つもりでいた。
だから、彼が不意にここを訪ねて来た時も、最初は適当にあしらって帰って
もらうつもりでいたのだ。
ただ、彼の方も、最初から私がここにいると思って来たのではなかったようだ。
私に、ではなく、この邸に………というよりは、あの頃の自分に会いたくて、
ここへやって来たのかもしれなかった。
・・・木曜日。
パーカにブルージーンズという軽装で庭先に佇む人影が誰かに気づき、思わず
カーテンを開けると、びっくりしたような顔がこっちを向いた。
そのぽかんとした表情が可笑しかったのだけれど、
「ナスティ………髪、切ったの?」
という声に、思わず笑いが止まってしまう。
「久しぶりに会ったのに、第一声がそれ?」
ちょっと睨んでそう言ったら、にやっと笑って、
「いや、ベリーショートも似合うんだなあ、と思って」
カットしたばかりの髪を撫でて、私は苦笑するしかない。
「……そんなとこに立ってないで、入ってくれば」
いいの? なんて口では言いながらも、足はもう玄関に向かってる。
軽装だったが、中くらいの旅行鞄を下げていた。
空港の手荷物タグがつけっぱなしのところを見ると、もしかして、彼も日本へ
戻ってきたばかりなのだろうか。
見た目は背丈も伸びて、顎の線などシャープに男っぽくなったけど、でも、
やっぱりそういう反応の仕方や、仕種の一つ一つに、あの頃の少年の面影が
色濃く残っていて、思わず笑いがこみ上げてくる。
あれから5年。もう5年、とも言えるし、まだ5年、とも思う。
でも、彼らはようやく20歳なのだ、と改めて気付く。
私と彼らとの絆は、もう過去のものなのか、それともまだ続いているのだろうか。
少なくとも、彼……羽柴当麻とは、互いの人生がここで交わる程度には、絆は
繋がっていたらしい。
「元気だった? 今、何してるの、学生? それとも教授の方?」
お茶を淹れながらそう訊くと、ちょっと黙って笑った後、
「びっくりした………まさか、ナスティがいるなんて思わなかったから」
とだけ、言う。
しばらく、あたりさわりのない話をしながら、お茶を飲んだ後で、
「みんな、どうしてるのかな」
もう一度、何気なく問う。
「普通に大学に行ってんじゃないの。元気でやってるよ、みんな」
さりげなく答えて、懐かしそうにリビングを見回している。
あの頃の日常の一コマを、そこに再生して見ているような目で。
今にも、昔のことを話し始めるんじゃないかと思った。
触れられたくない話題に触れられないように……。
変わったのは、私ばかりじゃない。
彼もまた、相応の屈託を抱えた大人になりつつあるんだろう。
そんなことをぼんやり考えていたら、不意に、
「ナスティ………おれ、しばらく、ここに居てもいいかな?」
と、声を掛けられた。
すぐには返事が出来なくて、逡巡する私に気づき、
「あ……ごめん」
と、彼は苦笑した。
「無理ならいいんだ……そうだよな、もう昔とは違うんだし」
よく見れば、なんだか冴えない憂い顔。
何かに疲れて、思い詰めて……気持ちが休める場所を求めて、ここへ来たのかも。
そう思った途端、むげに断れなくなった。
再び口を開きかけた当麻に、いいわよ、と私は答えた。
「泊めてあげる。但し、家事は手伝ってもらうわよ」
それと電話番、と私が続けると、
「電話?」
「そう。男の人の声で国際電話が掛かってきたらねえ、私はここにはいないって
答えといて」
言いながら、顔が熱くなるのを感じた。
当麻は、え?という顔をし、次に、ああ、と頷いて、
「それで、その髪型。ナスティ、恋人と喧嘩………」
皆まで言わせず、手近にあった雑誌を掴んで投げつける。
「口に出して言わないでよ、相変わらずデリカシーがないわね!」
そうなのだ、恋人との別れで、私は傷つき、とても寂しかった。
傷心を癒すために、ここへ戻ってきたことを知られるのがイヤだったから、
内緒にしてたのに。
だけど、にやにや笑って、
「何だったら、おれに乗り替える? 今日の再会が運命かもね」
なんてふざけたことを言う当麻の顔を見ていたら、何だかすっかり脱力して
しまった。
「私のことは放っといて。それより、あなたの方こそどうしたの?」
それでも腹立ち紛れにそう訊くと、
「………実はおれ、こないだまでMITの研究職員だったんだけど、スパイ容疑を
かけられちゃって。今、逃走中なんだ」
「殴るわよ!」
今度はガラスの灰皿に手を掛けて脅すと、
「うわっ、待った!」
さすがに焦って逃げ腰になる。
「べつに、言いたくないのなら無理して言わなくていいけど」
「いや……単に疲れちゃっただけで。ま、平たく言えば、現実から逃避したく
なったってとこかな、情けない話だけど」
自嘲が入り交じった苦笑い。
そうだよね、そういう時もあるよね、なんて、簡単に相づちを打てなかった。
経緯や状況は、おそらく全然違うのだろうけれど、今の自分の気持ちにあまりに
近すぎて。
ただ、微笑して頷くだけが、精一杯だった。
暗黙の了解が得られたと思ったのか、当麻は安堵したような、照れたような顔で
ちょっと笑った。
・・・金曜日。
淹れたてのコーヒーのいい匂いに誘われて部屋から出てくると、当麻は電話に
向かって、流暢な英語で馬鹿丁寧に返事をしているところだった。
ノー、アイムブラザーと言った後に、ちょっと間があり、その後、苦笑混じりに
オーケイオーケイと繰り返し、受話器を置いた。
「焦ってたぜえ、男と一緒にいるって知って」
言って笑いかけ、でもその笑いが途中で消えた。
じゃあ、今のは『彼』からの電話だったんだ。
付き合い始めたばかりの頃、日本の連絡先は教えたことがある。
でも、まさか、本当にここに電話が掛かってくるなんて思ってもみなかった。
嬉しさと腹立たしさと、そして自分でも信じられないぐらいの切ない恋しさとが
ごちゃ混ぜになって込み上げてきて、私は今、きっとすごく醜い顔つきになって
いるんじゃないかと思った。
他人の目がこわくて、思わず身を翻し、両手で顔を覆った。
見られたくなかった、こんな自分を、誰にも。
悔しくて情けなくて、思わず嗚咽を洩らしそうになった時、背後から暖かい腕が
のびてきて、ふわり、と私を包み込んだ。
驚いて思わず身をもがくと、抱きしめる腕に力がこもって、
「大丈夫、おれ、そんなに簡単にほだされたりしないから」
微笑混じりの声が、額の辺で囁いた。
何よ、それ?と思った私は、泣き崩れる筈が泣き笑いになってしまった。
「いやね、全く……いつの間にか、図々しいくらい男くさくなって!」
涙が治まると気恥ずかしさが増し、拗ねたように文句をぶつけてみた。
当麻はテーブルの向こうで黙々とブランチに取り組んでいた。
さっき淹れたコーヒーと、冷凍のピザをトースターで焼いただけのものだけど、
当麻はすごく美味しそうに食べる。
昨日は焼き魚に筍の煮物と菜の花のお浸し、といった純和風の晩ご飯だった。
その時も、とても美味しそうに食べていたから、久々の日本食が嬉しかったのかな、
と思ったけれど、この様子では、どうやらそうでもないらしい。
「何でも美味しそうに食べるのね」
つい、嫌味のように言ったが、
「うん、冷凍ピザは日本の方が絶対美味しい」
と、無邪気に力説されてしまった。
何だかばかばかしくなって、つい笑ってしまう。
当麻はそんな私を見て、
「美人は得だよな。泣いても笑っても可愛いんだから」
いけしゃあしゃあと、そんなことを言った。
「よく言うわよ、さっきはどうぜブス顔だと思ったんでしょ!」
「………まあ、ちょっとは」
思わずティッシュを箱ごと投げつけたけれど、簡単にキャッチされ、
「サンキュ」
にやりとした笑いと共に、二、三枚引き出して、はい、と返された。
渋々受け取って、あてつけのように、盛大にハナをかむ。
でも、実を言えば、何だか随分と気が楽になっていた。
彼は、5年前と変わらぬ親しみと好意を示してくれる。
それ以上でも以下でもなく。
余計な緊張を強いられない関係が心地よく、有難かった。
緊張が緩んだせいか、いつの間にか、私は私の恋の顛末をぽつりぽつりと話し
始めていた。
パリ留学中に拾った恋。楽しかった日々と、その後の諍いと別れ。
よくある話、と人は言うだろう。
でも、当麻は何も言わずに黙って聞いてくれた。
ただ、最後に、
「どうして、その人のことが好きになったの?」
とだけ、訊いてきた。
「さあ、どうしてかしら……気がついたら好きになってたのよ」
ジャストフォーリンラヴ、と答えて言うと、頬杖をついたまま、小首を傾げて
不思議そうな顔をした。
当麻は切実に誰かの心を求めたことは、ないのだろうか。
そんなことをぼんやり考えていると、
「………恋の方程式ってのがあってさ。相手の魅力、バイ、2人の距離のベクトル、
ディヴァイド、2人の距離スカラー」
唐突な台詞に、私は思わず笑ってしまう。
「計算尽くの恋なんて、恋じゃないわよ」
そうだろうね、と頷いて、当麻は再びあの憂い顔になった。
「もしかして……当麻の悩みも恋愛絡みなの?」
ふと気付いてそう訊くと、苦笑して、
「恋愛、だったのかなあ、あれって」
と、思わずのように呟いた。
「どういうこと?」
「いや……そのう、職場の人間関係をしくじったってだけの話」
苦笑したまま、当麻は簡単に言った。
トラブルがあったのは本当らしいが、その日はそれ以上のことは聞けなかった。
その夜、電話が鳴った時、たまたま当麻は入浴中だった。
また彼からだろうか、と数秒ほど逡巡してから受話器をとると、電話を通して
聞こえてきたのは征士の声だった。
「うわあ、何だか昨日、今日と驚かされるわ………ええ、当麻が昨日からここに
きているの」
征士はちょっと黙り込んだ後で、電話があったことを当麻には内緒にしておいて
欲しい、と言った。
何があったのだろう。彼は、最初から当麻がここにいると、見当をつけて電話
してきたのではないか、という気がした。
・・・土曜日。
朝、7時ちょっと前。
着替えと洗顔を済ませたばかりのところにドア・チャイムが鳴った。
急いで玄関に出てみると、申し訳なさそうな顔つきの征士がそこに立っていた。
カレッジ仕様のカーディガンにコットンパンツという彼の姿は、まるでこれから
講義に出ようとする学生のようだ。
「もしかして、始発で来たの?」
挨拶もそこそこに、思わず訊いてしまった。
苦笑して頷いた征士の目が無意識のうちに階段を見上げた。
懐かしさと困惑とがその顔に浮かんでくる。
彼と共に一時期を過ごした部屋で、当麻はまだ眠っている筈だった。
「どうしたの、当麻と何かあったの?」
「いや……早朝から突然押しかけて申し訳ない」
征士は私の問いをかわすようにそう言い、こちらを見つめた。
私の髪には気づいているのだろうが、それには触れずに、
「ナスティもこの邸も変わってないな」
とだけ言って、静かに微笑した。
とにかく上がって、と私が言うと、遠慮がちに征士は家の中に入ってきた。
そして、当麻の時と同じく、彼もまた、あの頃の自分が座っていた椅子に
腰掛けて、懐かしそうにあたりを見回した。
お茶を出しながら、私が思わず笑うと、怪訝そうな顔をする。
「遼がここでしょう、その隣に伸。そっちが秀で、当麻がそこ」
私が椅子を指しながら言うと、ああ、と頷いて、
「何も考えずに、定位置に座ってしまったな」
ぱたん、と二階でドアを開け閉めする音がした。
征士は微笑を消して上を見る。
階段を降りてきた当麻は、彼が座っているのを見て、一瞬、足を止めたが、
特に驚いた様子も見せずに、おはよう、と言った。
「あら、今朝は早いのね、当麻。今さっき、征士が来たのよ」
私が言うと、
「うん」
生返事をして、つかつかこちらへ近づいてくると、いきなり片手で私の肩を抱き、
まるで恋人同士のように顔を寄せてきた。
「似合うだろ?」
征士に向かってピースサインをつくってみせ、笑いながら言う。
「もうっ、ふざけないで!」
と、私は彼の身体を押しやった。
征士は、笑いもせずに黙って当麻を見ている。
何だか、狂おしいような目で。
少し前の自分をそこに見たような気がして、私は思わず、はっと息を呑んでいた。
そのとき、ようやく私は気づいたのだ。
彼ら2人の間にある、ただならない緊張関係に。
征士は、当麻のことが好きなのだ。だから、ここまで追って来た。
私も当麻のことは好きだけれど、征士のそれは、全然違う。
世界中で、たった1人に向けた、好きという思い。他の誰でもなく、その人で
なければならない、という思いのこもった、好き。
「当麻」
私は言った。
「とにかく、そこに座って」
そして、彼がそうすると、私は自分がここにいていいかどうか、
訊こうとした。すると。
「「ナスティ」」
2人が同時に口を開いた。
席を外してくれないか、と征士は言い、ここにいてくれ、と当麻が言った。
私がその場を離れようとすると、当麻が征士の顔を睨むように見つめたまま、
ばん!と平手でテーブルを叩いた。
「ナスティの前じゃ、言えないのか? 赤の他人なら平気なくせに」
征士の顔がぱっと紅潮し、唇が強く引き結ばれた。
全く、当麻ったら。なんて意地悪なんだろう。
誰だって怒る、こんな風に言われたら。
「ちょっと、どういうこと……」
私が口を挟むと、その言葉が終わらないうちに、征士が言った。
「……2年前、最後に会ったとき、私は私の気持ちをお前に話した。
その時、お前は言ったな、そんなのは一過性のものだ、と。
だが2年経っても気持ちは変わらなかった」
見事なくらい平然とそう言い、今度は当麻の方が、ぱっと血の色を目元から
頬にかけて散らした。
「……………」
当麻は顔を赤くしたまま、むっとしたような顔で押し黙る。
「私は今でも当麻のことが好きなのだ。だから、当麻の気持ちが知りたい」
さらにたたみかけて言う征士から、すっと視線を逸らして、
「……どうして、ここにいるってわかったんだ?」
わざと話題を転じた。
「お前の行きそうな所に片端から電話した」
淡々と征士は答えた。その目は真っ直ぐに当麻を見つめている。
「ご苦労なこったな、と言うか、しつこい!」
当麻はそう言って、征士の視線を避けるように私を見た。
「ナスティ、どう思う? こいつ、おそろしいことに、成田空港の衆人環視の中、
いきなり告白しやがるんだぜ!」
「それで? 当麻はどう答えたの?」
すぐにそう切り返すと、一瞬目を見開いて、次に睨むような三白眼になった。
昨日は、あんなに優しかったのに。
私が寂しいことをちゃんとわかってて、慰めてくれた。
自分に関わりがないと思えば、平気で誰にでも優しくできるのだろう、
そう思ったら、何だか可笑しくなった。
生憎ね。私は当麻が考えてるよりずっとリベラルなのよ。
とでも言ってやりたいところだけれど、ここは真面目にいこう。
「黙って逃げたんなら、当麻が悪い。どうして、答えてあげないの。
YESでもNOでもいいから、答えて欲しいのよ、何も言われないのが、
きっと一番辛い」
私が征士の味方についてしまったせいか、当麻はテーブルに肱をつき、その掌で
額を押さえ込むようにして、ため息を一つ、ついた。そして、
「……わかんねーよ、そんなの、どう答えればいいんだか」
と、降参したように言った。
「………おれ、向こうで直属上司に一方的に惚れられてさ。
最初は軽い気持ちでつきあい始めたんだけど、すぐに何か違うな、って気づいて。
全然、合わなかったんだ、おれたち。
でも、それ以後、誘いを断り続けてたら、今度は嫌がらせの嵐で。
契約期間は6月までだったんだけど、期間内に期待されていたプロジェクトは
殆ど完遂させたから、予定を切り上げて帰国したんだ。そういうわけで………
勘弁してくれよ、恋愛沙汰に関しては、今おれ、PTSD状態なんだ」
そういう訳だったのか、と私は思ったが、征士はちょっと唖然としていた。
しばらくして、ようやく腑に落ちた顔になり、口を開いた。
「知らなかった。だが、お前もどうしてそれを話さなかった?」
「何て言えばいいのか、あの時はわかんなかったんだよ!」
それに、と、当麻は言いかけて言いよどむ。
「何だ?」
征士が促すと、再びぱっと赤くなった。
「……その上司ってのが、ブロンドで紫がかったブルーアイで」
私はちょっと絶句状態になって征士を見た。征士は無言でその先の言葉を
待っている。多分、当麻の混乱には、気づきもせずに。
「……しかも美人だった」
当麻はそう言って、両手で頭を抱え込んでしまった。
それから、心底情けなそうに、言った。
「で、おれ、彼女を見るたびに、征士のこと思い出しちゃってさ、
その逆もありで、こっちへ帰ってきたら真っ先にこいつのこの顔だろ、
自分でも、もう何がなんだか……」
堪えきれずに私は笑い出してしまう。
そんな私を、困惑したようにちらっと見て、征士が言った。
「つまり………その彼女のことが、忘れられないのか?」
「ばかね、征士、そうじゃないでしょ」
あまりの察しの悪さに呆れて私は口を挟んだ。
「当麻は、さっきのあなたの質問に、ちゃんと答えてるじゃない」
ここまで言っても、征士はまだ戸惑った様子で黙り込んでいる。
「当麻、征士はあなたの上司だった人とは全然違うわ。
それは、わかってるんでしょう?」
私は尚も笑いながらそう訊いた。
当麻は相変わらず、征士から目を逸らしていたけれど、苦笑いして頷いた。
「でも、だからって……どう答えればいいのか、わかんないんだ」
「当麻の足枷って、自分はヘテロな筈だ、とか、そういうこと?」
「………それもあるかもしれない、でも、それだけじゃない」
全く。征士も征士だけれど、当麻も当麻だ。
でも、わかるような気もする。
征士の、まっすぐに当麻を見つめる目。ただ、彼だけを。
この目を、この気持ちを受け止めるのは、きっとすごく恐いのだ。
当麻はいつもクールだったから、少なくとも自分はそういう人間だと思って
いたから、自分で自分がコントロールできなくなりそうな事態が恐いのだろう。
人が人を好きになるということの不思議。
好きになればなるほど、相手や自分の気持ちを見誤りそうになってしまうことの
不思議。
「全くもう! あきれた人たちね!」
私はわざと怒ったように言った。
「ここから先は2人でよく話し合ってちょうだい、私は席を外させてもらうわ」
「いや、おれたちが席を外すよ」
当麻が慌てたように言って椅子から立った。そして、やっとまともに征士を見た。
「外へ出ないか。その辺、散歩しながら話そう」
嘘みたいに穏やかな声とまなざしだった。
心配する程には、混乱しているわけではないのかも。
そう思っていると、当麻が不意に、にやっと笑って言った。
「ところでナスティ、実はおれも言いそびれてたんだけど、昨日の彼氏からの電話。 最後にあいつ、これからすぐそっちへ向かうからって言ってたぜ」
「何よ、それ?」
驚いて訊き返すと、
「だから、もうすぐあいつ、ここへ来るんだよ。どうする?
おれたち、立会人になろうか、それともここに居ない方がいい?」
征士がきょとんとしたような顔で私を見ている。
かっと頬が火照ってきた。
返す言葉が見つからなくて焦る私に、当麻が小気味よさそうに言う。
「岡目八目。自分のことじゃなければ、よく見えるって本当だよなあ」
「いじわるね!」
と、私は当麻を睨んだ。
殴ってやろうか!と本気で思ったとき、ドアチャイムが鳴り、聞き覚えのある
声が私の名を呼ぶのが聞こえてきた。
どうしよう?
2人に居てもらおうか、それとも出ていってもらおうか。
再びドアチャイムが鳴り響く中、私は本気で悩んだ………。
〈了〉
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