200481日発行

 
三分間の国家機密

 

シドニーオリンピック,高橋直子や柔ちゃんの金メダルの興奮は

いまだ私たちの脳裏から消えていない。

だが、その金メダルが幻になったかもしれない恐ろしい事故と、紙一重だったことは

今も知らされていない。

 

 

ちょうど4年前,シドニーオリンピックの開会式はクライマックスを迎えていた。

オリンピックは国家の威信を世界に示す場,中でも開会式は最大の見せ場だ。

本番まで厳重に隠されてきた聖火点火の演出に,観衆の期待も高まっていく。

衛星中継されるその瞬間,世界がその豪華な舞台に酔っていた。

テキスト ボックス:

聖火の最後の点火に,今日の開会式の主役

オーストラリアの原住民アボリジニであり,

陸上で金メダルが確実とされている

キャシー・フリーマンが登場した。

見事な演出だ!

キャシーが点火した聖火台がゆっくりと上昇を始めた。

観客の拍手と大歓声のなかで開会式の演出責任者

リック・バーチは感動的な結末に熱くなっていた。

長い苦労が報われる時だ。

そして,それは彼の演出の評価に新たな伝説が生まれる瞬間でもある。

 

その時!突然キャシーの頭上で聖火台が動きを止めた。

 

ショートだ,ブレーカーが落ちた!

巨大な聖火台が上昇用のレールにうまく乗らず,

モータの過負荷でブレーカーが落ちたのだ。

モータが止まれば5トンもある聖火台の重量でギアが逆転を始める。

聖火台を支えるのは細いワイヤだ。

ワイヤはバランスのための強度しかない。

リックの顔がみるみる青ざめた。

ワイヤが切れる! 切れればキャシーは聖火台の下敷きになる。

聖火台に押しつぶされ,血まみれの姿が世界中に中継される!!

係が走った。「早くしろ!」

ブレーカーが再び入った。

だがその瞬間,激しい火花と共に再びブレーカーがとんだ!

 

すでに聖火へのガス供給は途切れた。

聖火を燃しているのは配管中に残ったガスだけだ。

「まだか!ワイヤが伸びきっている。もう切れるぞ!」

聖火の火は弱まり消える寸前だ。

 

キャシーは微動だにせず聖火台の下に立っている。

観客も,事態の成り行きをいぶかしがりはじめた。

だがリック達にそんなことに気を回す余裕はない。

聖火はあと数秒で消える。

その時には,ワイヤも切れキャシーが・・・!

「神よ!キャシーを助けたまえ・・・」

そして,祈りの言葉と同時に力任せにブレーカが押さえつけられた。

火花が飛んだ!

 

動いたぞ!

再び,聖火台が何事も無かったように上昇を始めた。

 

キャシーが衆目の中で死に,

聖火も消える惨事が起きればオリンピックは中止になっただろう。

リックの足の震えはいつまでも止まらなかった。 

 

「オーストラリアの威信を守るためにも,この事実は決して公開できない・・・」

この恐怖の三分間は国家機密として報道が封印されたのだった。

 

 

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