一番山側を食い荒らした後、他の田んぼの花を食べ始めた。これでは全滅になってしまう。刈り取る時期が来たかどうかは解らないが、とにかく鹿の食害を避けるため急いで刈り取ることにした。なんとか播き付けた面積の半分ほどを刈り取ることができた。
赤そばのことは新聞で知った。日本のそばは白い花が咲くが、このそばは名前の通り赤っぽい花が咲く。新聞によると赤そばは大学の先生がヒマラヤの村で見つけて持ち帰り、日本で育つように改良したもだそうである。今では上伊那郡箕輪町の山の中で栽培されている。
休耕地は広いので普通の花だけでは、苗や種が足りず、空き地ができてしまう。そこでそばを播いて空き地を埋めようと考えた。赤そばは普通の日本そばより花がきれいなのであるが、種が非常に高い。少し買って播き、年々増やして行こうかなと思っていると近くの奥さんが「これ実家で穫れたものだけど、良かったら使って」と云って赤そばの種をバケツ半分ぐらい袋に入れて持って来てくれた。(赤そばの種は1リッター1万円位する)
種は手に入ったが播き方が解らない。ご近所の方に聞くと「耕耘機で耕し、種をばら播いて、耕耘機で軽く掻き回せばよい。カラカラに乾いた所でも芽が出る。」と教えてくれた。播く時期は7月下旬がよいとのこと。この時期、春先に耕した田んぼには雑草がびっしりと生えている。一度に耕して播くことはできないので田んぼを一つづつ耕しては播いて四枚の田んぼに播き付けた。
そばはじゅくじゅくした湿っぽい所はだめだと云う。棚田の田んぼは土手下には水が湧き出ていて、排水路を掘ってあるがしめっぽい。畦側は乾いている。それならば畦側のみに播けばよい。そう考えて畦側のみに播いた。
播いてから2週間ほどすると芽が出てきた。しかし、晴天が続いた勢か、湿っぽい所が先に芽を出し、乾いた所はなかなか芽が出ず遅れて芽を出した。そばの育ちは早い。播いてから1ヶ月もするとりっぱなそば畑に成った。
9月の半ば過ぎ頃からはなが咲き始めた。以外にきれいである。中には日本そばと交配したのか、白っぽい花も混じっている。上の道路からもよく見える。田んぼ全体に栽培しているように薄ピンクに染まった。実は土手下には蒔いてないから田んぼの面積の半分も蒔いてないのであるが、あたかも田んぼ全部に播いてあるように見える。
9月の末、稲刈りが終わった後、小学校の一年生が校外学習で棚田に来た。普段人影のない棚田にこの時ばかりは子供たちの歓声が聞かれた。
ところが、10月に入って困ったことが起こった。一番山に近い田んぼのそばの花が日に日に少なくなっていく。よく見ると花の先が何者かに食いちぎられている。周りには蹄の跡がいっぱいある。これは鹿が毎晩来て食べて居るのだ。獣害のことは良く聞くが、これまでは他人事と思っていた。自分が被って見ると酷さを実感した。初めのうちは周りだけであったが、日が経つにつれ中の方まで食い荒らされる。このままでは収穫を諦めざるを得ないほどになってきた。
刈り取ったそばは庭先まで運び、はざ掛けしてみた。特にシートなどは掛けなかったが2週間ほどしたらよく乾燥した。
そばを作ったことを知ったご近所の方が「今は使っていない脱穀機だが、これ使いな」と云って足踏み式脱穀機をくれた。子供の頃手伝わされた稲をこく懐かしい奴だ。ペダルを踏んで見るとローターが廻った。埃を払い油を差して、幌を古シーツで作って使うことができた。
機械を使えば脱穀は簡単である。トウミはなくても扇風機を使えば容易に種が選別できる。はじめての赤そば作りの結果、バケツ一杯半の実が採れた。これだけあれば来年の種には十分である。
赤そばは収穫量を気にしなければ作り易い作物である。赤そばはきれいな花が沢山咲くが、結実するのは僅かである。収穫量が極端に少ないことが楽しみとして作るのには合っているように思えた。また来年も作ってみようと思う。しかし、鹿の防御柵を作らなければ駄目だ。