☆☆飯沼の石造物☆☆


知人宅を訪問した際、「お前の集落のことが新聞に出ていたよ」と云って新聞を見せてくれた。見ると大草飯沼の百観音と云う見出しでキャビネ版くらいの大きさの見慣れた写真が載っていた。

百観音
新聞に出ていた百観音は車で出掛ける際、必ず通る所である。飯沼集落の上の段と下の段を結んで居る村道の脇にある。そこを通る度に妙なものがあるなあと思っていた。

新聞によると「中川村の石造文化財」と云う教育委員会発行の文献があり、それに依ると石造物は全部で百九基あり、観音碑、権現碑、明神碑、庚申像、不動明王像などであるとのこと。
観音碑と云っても聖観音、十一面観音、千手観音、如意輪観音、馬頭観音などがあるらしい。碑文から秩父・板東・西国の三十三所観音巡りの意味で建立されたものと推測しているとのことである。

この場所は道が少しカーブしている所にあり、車で下から登って来ると見過ごしてしまうが、上から下って行くとやや正面に石造物郡が見えるので、見過ごすことはない。
石造物郡の右側の中段にある少し大きな石碑に百観音と記された碑文は道から読みとることができる。
聞くところによると、この場所は私有地である。何時頃、誰が、どうして集めたのか解らない。最近、道路拡張計画のため測量が行われた。そのうちに道路拡張工事が行われるであろう。その際には、移転を余儀なくされる。

飯沼地区には百観音のほか多くの石造物があり、根木屋、一本松、林の腰、三間畝(さんましょう)と呼ばれる場所にはまとまってあると新聞に記されていた。そこでご近所の方数人にその場所を聞いてみた。根木屋と一本松については解ったが、林の腰、三間畝については解らなかった。

一本松の石造物
上の段にある農民センターと呼ばれている地区集会場のすぐ近くにある。「道祖神」と書かれた石碑の周りに十数個の石碑が集められている。多分道路整備の際、近くにあった物をここに集めたように思える。
この石造物郡の真後ろにはカーブミラーが設置されている。ちょっとユーモラスな眺めである。

根木屋の石造物
根木屋(ネンヤと云うらしい)は、長い間空き家であったが、今は別荘に改修されている。裏山に氏神様らしい祠があり、その近くに幾つかの石造物があった。
根木屋の裏の辻にも馬頭観音が幾つかあり、花が手向けてあった。

考察
飯沼地区では道を歩いているとよく石造物を見かける。山道でも見かけることがある。我が家の裏の廃道にも馬頭観音があり、 松ヶ窪と云う所の林の中で「女龍」「男龍」と碑文がよめる一対の石造物がある。
飯沼にはどうして多くの石碑があるのであろうか。その昔、この地区は農地が少なく貧しかった。そこで職人をして家計を支えた。 それが石工であり、天龍川から石を拾ってきて加工して稼ぎ、身近に石造物を建立したのではないだろうか。江戸時代の頃は、 信仰心が厚く、自然災害に対して神にすがる生活の存在が伺える。

飯沼地区は過疎化が進んでいる。一見、明治以後の新開地のように思えるが、飯沼は古く歴史のある山里である。