弥太夫メモ 詩 あるいは 言葉の編み出す世界

学生の頃、哲学や文学を読みあさっていた時期がありました。仲間たちと小さな同人誌を発行して、 なんとか表現の幅や深さを広げたいと願ってきました。しかし、もっぱら「散文屋」という自分を発見することが多かったと思います。 詩に関しては、きわめて寡作で、「詩のごときもの」しか書けない現実にいつも突き当たっていました。いや、これは今でも変わりありません。

詩とはなんだろう。また人の考える詩と自分の考える詩はちがうのではないか。そんなすっきりしない気持ちが30年くらい続いていました。
しかし2004年秋頃から、自分の考える詩でもいいのではないか、自分の感覚で、「言い切ったゾ」という表現でいいのではないか、 そういう基準もあるのではないか、と思うようになり、ぐっと気が楽になりました。つたない「詩のごときもの」ですが、掲載しようと考えました。

なお、自分の考える詩への評価を問う、というと気負った言い方ですが、2005年度のある文学賞の詩部門に、生涯で初めて応募してみました。 みごと落選してしまいましたが、実りももたらしてくれたという気持になったのも事実です。その経過を、ここに、まとめてみました。


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夕暮れ


まわりは暗さを増し
山の端はいっそう黒くなった
夕暮れの空がせばまる

不意に鳥のような鳴き声が
空を渡っていく

さあ帰ろう
こころの奥で呼びかけが聞こえる
さあ帰るのだよ
あかりの灯った家に

遊びに夢中だった少年は
気づけば
深い闇にすっかり包まれていた

そして40年
夕暮れの中に
やはり自分は立っている

ゆるやかな風が
体やほおを吹き抜ける

遠くの街灯りが
ポツリポツリと
点きはじめた



(2005/04/07)

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わたくしは


わたくしは涙を流しています
悲しいのではなく
つらいのでもなく
ひとと共感できることの
素晴らしさによって

その涙は
恥ずかしいとはいえない
自分を慰めるためでも
弱い自分を嘆く涙ではないから

この世に生を受け
同じ時間を共有できることを
喜ぶのだから

この世の中を受け入れ また
受け入れられていることを
知ることなのだから

何億年と引き継がれてきた
命のみなもとから
とうとうと
流れ続ける涙なのだから




(2005/01/24)




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独白


数え切れぬほど愚かなことをしでかしてきた
いつも尖っていて人と相容れなかった
ナナメにものごとや人を見て
ひねた本ばかり読み
いっぱしの箴言家気取りだった
知性の塊であることが誇りで
理解できないことはないのだと思っていた

ある日
自分の目の前のスクリーンが
本物じゃないことに気づいた
世の中全てを見ているつもりのスクリーンが
穴だらけだ
見ればみすぼらしい作りで支えられた
スクリーンだった

気づくとスクリーンは
カーテンのように畳まれて床に落ちてしまった
向こうには人々の飾り気ない姿が見えた
人々の悲しみや苦しみが見えた
懸命に生きようとする人々を
小馬鹿にして見ていた自分の姿にいやでも気づいた
まるで見えていた景色が
逆さまだ
逆さまを映し出すスクリーンを
自ら作りだしていたのだった

力を抜いて
静かに周りを見た
妻がいて娘たちがいた
友人がいた
静かなまなざしを感じた
とんでもない勘違いをしていた

このオレもやっと好々爺になれる




(2005/01/24)




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無題


あいするなんて
気恥ずかしいな

相手のところに
出かけていって
両肩 あるいは
首をつかみ
まっすぐ目を見て
あいしているんだ
それを信じろと

そんなのは
気恥ずかしいな

いつからなのでしょう
あなたの存在が
わたしの心に
住みついていました

知らぬまに
こころが盗まれていました

どこか華やいでいて
木の下でうたげでも
ひらいているような

あなたがいなくなると
わたくしの心は
確実に軽くなるでしょう

空ろさに耐えかねて
あるじをもとめて
さ迷うことでしょう



2005/01/07




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風のあいさつ(旧作)


昼休みのデスクで
毎日 気象予報の画面を開き
遠く200km以上離れた
山里の天気を調べる

インターネットの
私的使用は控えましょうとか
何だかうるさいが
田舎の天気を知りたいんだ

山里の地図には
緑の平地と 茶色の山岳地帯の
複雑に入り組んだ地形が 色鮮やかに描かれ
その上には 晴れマークの太陽と
妻の住む町の地名が載っている

平地と山岳の境界線あたりの
小さな 小さな ある一点に
じっと眼を凝らして見ると
小さな家が
思い浮かんでくる

風速はやや強く
昨晩の気温は零下まで下がり
今晩も 引き続き冷え込みが厳しいという

冷たい風が斜面を駆け下りる夕暮れには
今日も 犬を連れて散歩に出ることだろう
はるか遠く田園風景の中で
大小の小さな影が
ゆっくりと動いていくのだろう

今日は寒いか
今日も何ごともないか

パソコンの地図の向こうに呼びかける
200kmを越える距離を隔て
深いところより 呼び声が
よりいっそうはっきりしてくる

夕暮れ時・・・
あぜ道を犬と散歩するキミは
ふと 気づいてくれるだろうか
山から吹く強い風の中に
遠くの便りが混じっていることに




2004/12/07



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容器


あるじが出て行った
用済みの容器には
かわりに そらが入っている

飲み干されたあとの
容器は
そらがいっぱい

そらに境界はない
そらの上には 上空のそらが
さらに上には 宇宙のそらが続く

からっぽとは なんにもない
というより
大きなそらが 羽を休めにやってきて
あるじのかわりに ひと時
住み込んでいる姿だろうか

最期の時を迎え
さまよい歩く私は
途中ですれ違うだろう
そして ふりかえりつつ
神秘の光景の証人となるだろう

目には見えない
そらから伸びた手が
ちいさな肉体をめがけ
まっすぐに降りていき
音も立てず
はいっていく




(2004/12/06)



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つまむ


なかなか
ハシでつまめないのだった
それでもやめるわけにはいかないので
つかもうと努めるのみであった
何度でも繰り返すのだった
しかしやはり滑ってつまめないのだった

人々は見つめていた
始めはおかしさから
やがてあきれ果てた眼で
しまいには
いい加減にしろと嫌悪感までいだいて
それでもやめないので
やがて驚きや賞賛の声に変わった

しかし それでも
つまめないのだった
つまめない自分がいて
つままれないものがあって
つまめない関係という方程式ができあがって
強固な方程式がのさばってきて
この方程式をこわすわけにはいかない?

つまめないものは
皿の中でぐるぐる回った
一緒にぐるぐる追いかける自分があった
ぐるぐるとくすぐられる皿があり
ぐるぐると目で追う観客があった

つまめてしまうと
なんだか 急に
つまらなくなった

つまめてしまえば
方程式も
観衆も
ドラマも
おしまい



2004/11/29


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梢の風音


私はここに立っている
涼しい風の渡る山の斜面を
自らの棲家として

年を重ねるごとに枝葉を広げ
遠くを見すえながら
ここに立ち続けるのは
もう何百年になるのだろう

山の冷気が斜面を
走り下る季節になると
冬の到来が近い

何と言うことはない
冬仕度に葉はいらないのだ
山おろしの風で葉のあちこちが変化して
落葉するまでのしばしの間
赤や黄の錦模様に染まるだけなのだ

はるか下の足元では
人びとの賑わい
一様におもてを上に向け
驚嘆の声をあげたり
小さな箱を構えたり覗いたり

しかしそれも一瞬の風景
雪まじりの風が
枝をすり抜ける頃には
もう誰も足元には訪れてこない
リスや小鳥たちも
枝で遊ぶことはない

静寂に包まれた山の中
無言で進む私の仕事

灰色の枝のいたるところで
はじまる小さな変容
春への思いをこめて
空に向かい
直角に隆起する
無数の緑色の突起


2004/11/11


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ある日そして永遠に


離れるほど
輝きを増すものがある

時がたつほど
光を増すものがある

そのことに気づいたのは
キミのおかげ

夜の駅のプラットホーム
何度もリプレイされる
映像

ホームに佇むキミの影が
コンクリートの床に落ちていた

向かいのホームにいるキミと
反対方向に立つボクと

もう言葉は交わさない
目は合わせない

それぞれに歩みだした方向は
修復されることはなかった

列車がスクリーンのように
ボクたちの間を通過した
ドロドロと いつまでも

時計は その日から
永遠に止まったままとなった

ますますボクの中で純化され
宝石のような輝きを放つ

離れるほど
光が増すものがある

時がたつほど
輝きを増すものがある

それに気づかせてくれたのは
キミのおかげ


2004/11/02


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太郎伝説


何百年と時空を旅して
未来に到着した太郎
見渡せば 家並みも集落の雰囲気も
まるでちがうものだった

自分の目覚めた場所が
いつも魚を取っていた
海岸だとようやくわかったのは
遠くかすんだ見慣れた半島と
その先に傾きかけた日差し
そこだけが変わっていなかった

おそるおそるタイル張りの流線型の住まいを訪ね
未来人の説明を
まとまらない頭でまとめると
浜辺で楽しい夢に包まれて
うっかり転寝をしているうちに
時間を旅してしまったようなのだ

時空湾曲反転設備が浜辺にあって
装置の心臓部と同じ場所で転寝をしていたのが
原因かもしれないという
聞けばずっとはるか昔に自分の妻と同じ名前の
未亡人のおばあさんが住んでいたと
ログに残っているという

おばあさんの住んでいたという方向へ
太郎は とぼとぼ歩いた
さっき言葉を交わしたばかりの妻の顔を思い浮かべ
なんということだろうと
混乱する頭で歩いた

何百年を超えて会えるわけはないのだが
とにかく納得するしかないのだった
他に行く場所とてないのだった

見慣れた海の景色が
太郎の後姿を見つめていた

夕陽が半島の先に沈み
闇が迫ってきた


2004/10/26


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『夜空』


やさしさは
弱さだろうか

やさしいことは
人間の弱さにしかすぎないのだろうか

やさしさは まず
受けとめることからはじまるだろう
そして待つことでもあるだろう

人のうしろにまわって
損な役回りをもらうこともあるだろう
重荷だって背負うかもしれない

目立たず格好よくない
繊細でおとなしくて
雄々しい感じ じゃあない

そのことは気持ちの弱さなのだろうか
性格がよわよわしいことなのだろうか

だから心をオニにしようか
相手が何を願っているかなんて
そんなの踏みにじって
イスを蹴飛ばして
ひとり外へでてみようか

夜空には
銀河さながら無数の光が満ちていても
星たちのまたたきに
目をくれず
肩を怒らせた
一匹のオニになろうか


2004/09/24


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水について  F・ポンジュ風に


空気中には水のもっとも小さな単位である水の分子が飛び交っているが、われわれにはそれは見えない。

湖の水面や、雨上がりの地表では、たくさんの水分子が飛び交い、お互いに激しく衝突してはビリヤードのように散乱してしまう。

きわめて稀にだが、水分子同士が衝突を起こして、引力を感ずると付着してしまう。化学者は、分子軌道の電子雲の密度を計算し、電気による引力であると説明を加えるだろう。別に反応が起きたわけではない。もっとも原始の『液体』ができたのだ。

液体の卵も、相変わらず激しく飛び交うが大きくなるので、よりたくさんの水分子の衝突を受けねばならない。このように引力プロセスが進むと、やがて膨大な数の水分子が結集した、しかしながらわれわれにとっては極めて小さな球体が空気中を漂う。

どんなに小さくともこれは透明な水滴で、かつ完全な球体をなしている。

太陽系惑星が形成されていくとき、宇宙に漂う星間物質が衝突を繰り返しながら成長し、やがて巨大な球体惑星を形成するのと同じプロセスを辿るのは不思議だ。

ちいさな球体の表面に入った光は、正確に光の屈折現象を起す。色ごとに屈折角度が微妙に違っている。

雨上がりに太陽の恵みがふりそそぐと、光線の方向から幾何学的厳密さで決まるある方向の水滴群が、いっせいに屈折した光を放ち、われわれの眼に飛び込む。

太陽を背にして自分の頭を中心に円環状方向から光が到来することは、この幾何学問題の帰結だ。したがって円環は完全な円形である。

また光の色ごとに円環は多重化している。円環の中心は大抵は地中深くにあって、地表に出ているのは円環の上半分だ。山から山へ、あるいは山から谷へ。ようやく虹が出現したのだ。

2004/09/22

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朝のおもむき


おいおい邪魔だい
そんなところに寝そべってると
ネコ踏んじゃうぞ

ねえハンカチはないか?
台所では味噌汁が煮えたぎっている
テレビで「今日のワンコ」が始まる

ほんとメシなんか食べてるひまないぞ
きょうも立ちそば

廊下は整列!
左側通行!
(こんなこと言っている場合か)

ああ、カギはどこだっけ?
おーい、カギ!
テレビも消して!

玄関がバタンと閉まり
あわただしく家人が去った

やっと静寂が支配する
残されたのは
温められただけの味噌汁と
ネコ一匹

息をひそめていた
庭の雑草たちが
いっせいにジワリとのびだし
バラのつぼみがパッと開く

2004/09/17

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ロボット


はい、ここに「効率」とか
「成果」とかを入れてみてください
こいつらすぐ元気になります
朝の満員電車も
暑い夏の日も
汗をかきかき会社にやってきます

「ちょっとキミ、元気ないね」
耳元でささやけば
またネジまいて
(マスクをかぶり)
しゃんと立ち上がります

35年の生涯ローン
わずかな庭にはドカンと駐車場
車ばかりがのさばって
ボディはぴかぴかになり
家とあるじは古くなり

午後 風が吹いた
天高くヒコーキが空を切り裂いていた
号令はもう聞こえない

ぜんまいの解けたロボットたち
そこかしこにうずくまり
もういちど「夏の歌」を聴こうと
息をひそめる

2004/09/16

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