AVRマイコンを使用した簡易ディジタルDZ・DGの製作           ホームページに戻る  故障計算

(ディジタルリレーの構成と動作原理について)

   

1 はじめに

   今回はディジタルリレー(保護継電装置)の構成と動作原理について勉強し、AVRマイコンを使って簡易(おもちゃ)

  なデジタルリレー(簡易DZ・DG)を製作したので、その概要を説明します。

  デジタルリレーの教材としても活用できると思います。

    *保護継電装置:電気回路の異常検出し保護するための装置

      DZ:距離継電器、DG:地絡方向継電器

        DRY002.JPG

2 簡易デジタルRyの仕様

項  目

簡易デジタルRy

CPU

8ビットRISC Atmel AT90S8535

8MHz 単一CPU

アナログ入力CH

2ch(単相V・I)

アナログ入力仕様

[負担]

PT:定格40V(Full102.4V)

   [0.06VA at 40V]

CT:定格1.024A(Full 1.024A)

   [0.43VA at 1A]

アナログフィルタ

1段LPF

A/D変換器

10ビットCPU内蔵)

分解能 1024

サンプリング周波数

720Hz(30゜)

デジタルフィルタ

180゜差分フィルタ

整定・動作表示

LCD:整定、V・I表示

LED:単体動作表示

SW :モード設定、整定

Do:動作出力1接点

ソフトウェア

アセンブラ(OS無)

電源

単一電源 +6V

(ACアダプタ+安定化回路)

Ry特性

DZ・DGの2モード切替

(単相Ry、特性は設計値)

DZ 51:0.1-0.2-0.3-0.5A

   27:26-28-80-32V

  44D:60-80-100-120Ω

      ∠60゜

DG 51G:30-50-70-90mA

   64:8-9-10-11V

    θ:進30゜固定

その他

V,I常時表示機能

開発期間 約3カ月

3 装置概要

 (1)ハードウェアブロック図

     DRY03.PNG - 45,199BYTES

  ◇サンプルホールド回路の実機との相違

    簡易デジタルリレー(上)、実機デジタルリレー(下)

     DRY04.PNG - 7,014BYTES

     サンプルホールド回路(実機)は、各Ch同時のデータを取込とともに、A/D変換を行う時間アナログ値を保

    持するためのものである。簡易デジタルリレーのサンプルホールド回路は、マルチプレクサ(入力切替器)の後

    にあり、全Ch共通であるため各Ch同時サンプリングができない。(Ch間のずれの補正が必要

 

 (2)回路図

   DRY08.JPG - 46,611BYTES

 (3)ソフトウェアフロー図

 

   DRY05.PNG - 59,404BYTES

 

4 入力部詳細

 (1)アナログ入力

   A/D変換の入力電圧は、基準電圧(DC6V「今回5.92V」)のときフルスケール(1024デジット)になるの

  で、PT(CT)入力値をこれに合わせるよう、変換Tr及び分圧抵抗でスケール調整を行う。

    DRY13.GIF - 3,912BYTES

 (2)フィルタ処理

   デジタルリレーの演算アルゴリズムは、系統周波数が基本波周波数のみであることを前提にして処理

  するので、これ以外の周波数(高調波)が重畳していると演算誤差を生じ正しい動作判定が行えない。

   そのため、入力信号の高調波成分を除去するフィルタ処理が必要になり、アナログとデジタルのフィ

ルタで除去している。

   アナログフィルタ:サンプリング周波数の1/2以上の周波数除去(低減)、デジタルフィルタでは原

理的に除去できない成分

   デジタルフィルタ:直流分および高調波

 (3)アナログフィルタ回路

   DRY17.GIF - 655BYTES DRY15.GIF - 3,836BYTES

  Vo=Vi/(1+ωCR)  ゲインが1/√2となる周波数 fo=1/(2πCR)

 

サンプリング周波数720Hzの1/2(360Hz)以上を除去したいので、foを360Hzの半分程度にCRの値を設

定する。 PT回路の等価R値は、約9.5kΩであるのでCを0.1μFとした。

  fov= 1/(2π×9.5×0.1×10-368Hz、60Hzの位相  θv=tan-1 2π×60×9.5×0.1×10-3  ≒20°

周波数に対するゲイン・位相特性はグラフのとおりで、サンプリング周波数の1/2以上の周波数のゲインは

 40%程度以下になる。

   CTは、PT A/D変換時間(約9μs[約2°])分遅れてサンプリングするので、その分PTより位相遅れを、

 小さくする。CT回路の等価R値は、約8.8kΩであるでC値は0.1μFとすると

 fo= 1/(2π×8.8×0.1×10-381Hz、60Hzの位相 θv=tan-1 2π×60×8.8×0.1×10-3  ≒18°  

 となり、ほぼ同位相でサンプリングできる。

(実際にはサンプリング時間差約6°PTCT位相差が約1°で、CTが遅5°程度となった)

 

 (4)サンプリング周波数

    サンプリング周波数(周期)は、より細かいほうが元の波形に近くなるが、サンプリングの定理、折返し誤差、

CPU処理時間や演算に使用する電気角、高調波の除去等を考慮して決める。

ナイキストのサンプリング定理

 周波数帯域がfHzに制限されている波形は、2fの周波数でサンプリングすれば、そのサンプリング

値から、元の波形を一意的に再現できる。(60Hzの場合120Hz以上の周波数でサンプリングすれ

ば元の波形が再現できる)

折返し誤差

 上記において、周波数帯域が制限されていないと基本波fの整数倍の周波数信号と基本波は

 区別できず、サンプリング周波数fsを中心に折返えした周波数で誤差を生ずる。

(このため、サンプリングの前処理としてアナログフィルタにより、fs/2以下となるように帯域制限をしている。)

DRY22.GIF - 5,016BYTES

     サンプリング値は、基本波と3倍波と一緒であるため区別できない。

 

演算に使用する電気角

 振幅演算90°、位相特性60°などが多く使われる。

以上の点など考慮して、一般的には30°サンプリングが多い。(90°サンプリングの場合もある)

今回の簡易リレーも30°サンプリングとしたいが、CPU処理時間上問題ないか(サンプリング周期

時間内に処理が納まるか)事前検討した。

・電気角30°(720Hz、約1.38ms)ないに処理できる命令数

CPU周波数(処理能力) MHz(1秒間に8百万サイクルの処理、1サイクル:125ns) 

1つの命令にかかるサイクル数:1から4サイクル平均2サイクル(250ns)

   ・AD変換時間 0.4ms

   ◇実行可能命令数

1.38-0.4)×10-3(250×10-9)=3920命令

   サンプリング処理・演算処理・表示処理等含めて、命令数は2000命令程度なので問題なく、30°

サンプリングとした。

 

 (5)デジタルフィルタ処理

    デジタルリレーの場合折返し誤差の問題から、アナログフィルタと併用するので処理が簡単な非巡回型フィ

ルタが用いられている。非巡回形フィルタは、現在のサンプリング値に事前のサンプリング値をフィードバック(減算

または加算)することにより、特定の高調波または直流分を完全に除去することができる。

   デジタルフィルタ原理式と除去成分 (30°サンプリングの場合)

原理式

除去成分

@YXmXm-

3,9・・・

AYXm-Xm-

DC,6,12・・

BYXm-Xm-

DC,4,8・・・

CYXm-Xm-

DC,3,6・・・

DYXm-Xm-

DC,2,4・・・

  

一般に直流分および偶数調波が除去できるD式も用いている。6サンプリング(180°)前の値を減

 算する。(基本波は、2倍の振幅値が得られる)

  DRY10.PNG

  (5)入力データの流れ

        DRY24.GIF - 9,906BYTES

4 リレー演算アルゴリズム

  実機で一般的使われている演算手法を用いた。

(1)基本アルゴリズム

・振幅値演算

振幅二乗法  ()=V+Vm−3 

          ある値と90°離れた値の二乗が、絶対値の二乗にとなる。

原理的に誤差を生じない。ただし結果は二次となる。

・位相差演算(2つのベクトル差90°以内判定)

   直角2サンプル法

         ()|・|()|cosθ=V・I+Vm−3・Im−3=k

          k≧0・・・90°以内、 k<0・・・90°以上

         乗算が二回なので演算時間上有利

   ・位相演算

    30°の倍数の遅れ進みは、以前のサンプリングデータで簡単に表現できる。

     例:Vの30°遅れ・・・Vm−1、Vの60°進み・・・−Vm―4

     (その他の位相も、2つのベクトル和で表現可)

(2)リレー要素

   ・27、64、51,51G(大きさのみ判定)

    ()|≧(または≦)Vtap → +Vm−32 ≧(または≦)Vtap

(整定値は二乗値で与える)

   ・θ(DG)

    DGの位相特性(最大感度角)は、配電線進60°・送電線進10°が標準である。

    今回どちらにも対応でき、演算が容易な進30°とした。

     V・I+Vm−3・Im−3 (基本式)から電流を30°遅らす。

     θ判定式 ・Im−1+Vm−3・Im−4=k

          V基準I位相 k≧0・・進120°〜 遅60°(動作)

k<0・・遅60°〜 進120°(不動作)

・44D(モー特性)

 a=Z()()Z:整定値、():()060°進) b=(

 としたとき、2つのベクトルa,b位相差θが90°以上か以下かにより動作判定ができる。

 これを、基本式に当てはめると

  ()Z()m+2())+()m−3Z()m−1()m−3)=k

DRY25.GIF - 2,016BYTES

となる。ところで、モー特性は至近端故障(V≒0)においても前方故障か後方故障かを見極める必要がある。

(いわゆるメモリ効果機能)上記、a,bのベクトルの動作判定において、bのベクトルは大きさの情報は意味が

なく、方向の情報のみ必要になる。よってこのbベクトルを、故障前の情報に置換えることにより容易にメ

モリ効果が得られる。bベクトルを、通常2サイクル(24サンプリング)前の情報を用い演算することによって、メモ

リ効果を実現している。これを、前式に適用し整理すると次のようになる。

  Z(()m−27()m−1()m−24()m−4)−(()()m−24()m−3()m−27)−α=k

   k≧0 動作、k<0 不動作、αは電圧電流値が極端に小さいときの不安定動作防止

(3)動作判定

   リレーは信頼性向上(サージやノイズ等によるアナログデータのエラー排除)や、不安定な動作防止(チ

ャタリング防止)するため、複数回の結果が一致したとき動作と判定する積分照合を行っている。

また、これにより復帰側にヒステリシスを持たせている。

  DRY26.GIF - 3,384BYTES

              (点線はサンプリング、は演算結果動作判定)

(3)DZのCT回路接続

   今回のRyはPT・CTとも単相であるため、DZの場合接続が実機とことなり、CT側で線電流の差電流を

作る必要があるため、CTはΔ結線にしなければならない。(実機では線電流の差引電流が入力となるよ

う、2相の線電流を差引するトータルCTが付属)

5 動作試験

  (1)PTCT特性

     PT 40V、CT1A同相入力  A/D変換前位相差  I進み約1度

A/D変換時間による位相差I遅約6度)

 負担測定

 

V(V)

(mA)

負担(VA)

PT回路

40.00

1.4

0.056

CT回路

0.43

1000

0.430

 

  (2)PT周波数(フィルタ)特性

             (ゲインは60Hzを1とした値)

DRY11.PNG - 8,492BYTES

                                              周波数(×60Hz)

(3)Ry単体試験

DG

 

 

 

 

 

 

 

64

Tap(V)

8

9

10

11

 

 

測定値

8.38

9.39

10.39

11.37

 

 

誤差

4.75%

4.33%

3.90%

3.36%

 

 

51G

Tap(mA)

30

50

70

90

 

 

測定値

33

53

73

93

 

 

誤差

10.00%

6.00%

4.29%

3.33%

 

 

位相特性
(θ:-30゜)

Io(mA)

10

30

50

100

500

 

Vo:8V

-99.3

-109.9

-112.0

-113.6

-114.8

 

57.9

63.0

63.7

64.2

64.1

 

最大感度

-20.7

-23.5

-24.2

-24.7

-25.4

 

Vo:40V

-100.6

-

-111.4

-

-113.6

 

62.0

-

64.9

-

65.4

 

最大感度

-19.3

-

-23.3

-

-24.1

 

動作時間

条件

tap:8V、30mA 入力 0→tap×1.5

 

 

時間

θ:0

20ms

θ:-30

20ms

 

 

条件

tap:11V、90mA 入力 0→tap×1.5

 

 

時間

θ:0

19ms

θ:-30

20ms

 

 

DZ

 

 

 

 

 

 

 

27

Tap(V)

26

28

30

32

 

 

測定値

26.11

28.09

30.08

32.06

 

 

誤差

0.42%

0.32%

0.27%

0.19%

 

 

51

Tap(mA)

100

200

300

400

 

 

測定値

103

202

301

401

 

 

誤差

3.00%

1.00%

0.33%

0.25%

 

 

44D
(θ:60゜)

Tap(Ω)

60

80

100

120

60Ω、40V

60Ω,OV,1A

60゜,0.2A

11.92

15.94

19.93

23.91

0.673

不動作確認

59.60

79.70

99.65

119.55

59.44

90゜,0.2A

10.88

14.83

18.52

22.15

 

 

54.40

74.15

92.60

110.75

 

 

30゜,0.2A

9.75

12.84

16.05

19.34

 

 

48.75

64.20

80.25

96.70

 

 

0゜,0.2A

5.09

5.75

7.52

9.09

 

 

25.45

28.75

37.60

45.45

 

 

最大感度角

65.4

67.1

67.1

66.7

 

 

動作時間

条件

 tap:26V、100mA、60Ω(整定の80%)
 入力 40V、0A→10V、208mA遅60゜(48Ω)

 

 

 

 

時間

22ms

 

 

条件

 tap:26V、100mA、60Ω至近故障
 入力 40V、0A→3V、1A遅60゜(3Ω)

 

 

 

 

時間

14ms

 

 

不動作
確認

条件

 tap:26V、100mA、60Ω整定の120%)
 入力 40V、0A→10V、139mA遅60゜(72Ω)

不動作 

 

 

条件

 tap:26V、100mA、60Ω(整定の120%)
 入力 40V、0A→10V、161mA
30゜(62Ω)

不動作 

 

 

条件

 tap:26V、100mA、60Ω後方至近短故障)
 入力 40V、0A→3V、1A
120゜(3Ω)

不動作 

DRY32.GIF - 9,175BYTES

      DG位相特性                                 DZ-D特性

DRY12.PNG - 69,536BYTES

                        DZ動作タイミング

           以 上

 

参考文献

・三菱電機ディジタルリレー・エンジニアリング(三菱電機リレー教室テキスト)

・電気協同研究 第41巻 第4号 「デジタルリレー」 S61.1

Atmel 8bit RISC Data SheetsAT90S8535)